メロス

メロスは時計を見た。短針が2と3の間を指している。つまり、彼が今目覚めたこの時間は、真夜中か、もしくは昼下がりということだ。出来れば真夜中であって欲しかった。

 

 

 

 

 

そんな淡い希望は一瞬にして打ち砕かれる。カーテンの隙間からは木漏れ日というには漏れすぎている、眩しいと言うには程遠い光が差し込んでいたからだ。メロスは、真夜中だと自己暗示をかけてもう一度眠りに落ちることもできたかもしれないけれど、愚問だった。

 

 

 

 

 

教えにいかなければならぬ。メロスは決意した。メロスには学問がわからぬ。無論、2週間後に差し迫っているスペイン語も、ミクロ経済学もだ。しかし、メロスには微々たる学はあった。歳が幾つか離れた少年に、中和反応を教唆することはできる。かの邪智暴虐の王に鉄槌を下すことはできないけれど、Suicaで改札を通り、モノレールに乗ることはできる。

 

 

 

メロスは歩いた。西八王子のFamilyMartでレジを打つ店員さんの笑顔が印象的だったが、そんなことに構っている余裕はない。なぜなら、メロスは少年に中和反応を教えなければならぬからだ。

 

 

 

少年はなかなか理解しなかった。無理もない。メロス自身、中和反応の本質を理解していないからだ。それどころか、中和などという概念とは、一年近くお暇していたからだ。このままではまずい。メロスは頭を働かせた。易しい例を示し、そして少年を見た。

 

 

 

 

 

 

 

少年は理解したようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

これで、今日のメロスの仕事は半分くらい終わった。彼は安堵し、西八王子を去った。なぜなら次は少女に、因数分解を教唆しなければいけないからだ。

 

 

ここで彼は気づいた。今日はメロス自身の、テストがあったことを。セリヌンティウスが囚われているわけではなかった。メロスは、太宰が描いたほどの高潔で正義感の強い若者ではなかった。彼は、メロスという仮面を被っていただけで、どこにでもいる若者だった。文明の利器を享受し、ただ普通に毎日を生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は目覚めた。一連のストーリーの主語は、「メロス」ではなく「僕」だったのだ。時計を見る。短針は、2と3の間を指していた。