起きろ、メロス (No.015)

メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。しかし、時計を見るとまだ午前8時。メロスは、再び布団にくるまり、そのまま二度寝に入った。

 

 

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悪くない始まりだと思う。メロスの人間味が溢れ出ていて良い。ただし、間違いなくちゃんと人間らしい生活を送っている人には思い浮かばない発想だろう。なぜ上記の変な発想が出るかと言われれば、単純明快。

 

 

 

 

 

夏休みに入ってこのかた、僕はお昼までに起床したことが数えるほどしかないからだ。ダメ大学生ド真ん中、走らせてもらってます、といった感じ。本家のメロスのように、竹馬の友セリヌンティウスの為に疾走し、幾多の困難を乗り越え、最後には王をも変えてしまう。僕にはできない。

 

 

 

だいたい、僕がメロスで、もし起きられたなら、間違いなく道中で馬車を借りるか、Siriにこう聞く。

 

 

 

 

 

「Hey、Siri。ここに呼べるタクシーある?」

 

 

 

 

 

 

文豪・太宰治にケチをつけているわけじゃない。ただ僕という人格がどの程度堕落しているか伝えたかっただけだ。

絵に描いたようにひどい生活を送っている僕だが、幸いなことに危機感は備わっていた。起きられないのはまだ夏休みだから仕方ないとして、荒れた食生活くらいは修正しなければと思い立った。

 

 

世界から見たら1/70億に過ぎない19歳に天も味方してくれたのだろうか。今日向かうはずだった家庭教師の指導は、先方の体調不良によりキャンセルとなり、お天気もなんとか持ちこたえている。

 

 

時刻は 18:00 過ぎ。重い腰を上げて約1ヶ月ぶりにスーパーへ向かった。もちろん、走ったりはしない。理由は単純。僕はメロスじゃない。無理やり理由をかこつければ幾らでも挙げられるけれども、そんな必要も、するような彎曲した思考もなかった。

 

 

 

 

 

 

ダラダラとカゴを持って歩く。昨日やったスマホの顔診断で、僕は伊藤英明に似ていると言われたことを思い出す。現代の英智を結集したiPhoneがそう言うんだから、当たっていると信じても、誰からも怒られない。もし僕が伊藤英明で、スーパーを訪れるなら、きっと女性の1人や2人が声を掛けてくるか、海猿のワンシーンみたいにスーパーが濁流に飲み込まれ、天井が崩落しそうなものだ。

 

 

 

 

でもその両方とも起こらなかったから、やっぱり僕は伊藤英明じゃないや、と思う。だいたい一度も似てるなんて言われたことなかった。

代わりに唯一起きたことといえば、男性店員が怪訝そうな目でこちらを一瞥したくらい。きっと明らかに大学生の男が、カートに野菜とトイレットペーパーを放り込んでいる姿が、トリッキーで、意外だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

買い物が終わり、背中と両手に荷物を抱えて帰路につく。秋の夜長とはよく言うものだが、外は完全に日が落ちて夜の空気が停滞していた。もはや蒸し暑さも、ヒグラシの声も、そんなもの最初から知りませんでしたよ、と言わんばかりの午後7時過ぎ。ひんやりとした温度と、飲食店の明かりと、少し耳障りなバイクのエンジン音だけが僕を包む。

 

 

果たして4キロを軽々こえるこの飲み物と食材を、自分は完全に使い切ることができるのだろうか。本や参考書なら、買って満足しても無害なんだけれども、食べ物はそうはいかない。

 

 

 

 

 

「とりあえず今日の夜は、野菜炒めでいいや。」

 

 

 

 

 

 

きっとメロスは自炊なんてしないし、よく考えたら彼は普段、羊と遊んで暮らしている。その時点で少なくとも僕はメロスより自立しているし、もしかしたら彼より立派な人間なのかもしれない。もしいま僕が冒頭のダメなメロスに声を掛けるなら、なんと言うだろう。最高級の愚問だが、きっとこれだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起きろ、メロス。」